猫との田舎暮らしをめざして

今年は都会を脱出!

うにちゃんを私にください

娘の新居

 

娘がシンガポールに行っている間に、今度はルームメイトが長期の海外留学に出発するためアパートから出ていくことになった。そこで、これまでの住まいは賃貸契約を解除することにした。となると当然新しい住まいを見つけなくてはならない。学生がたくさんいる街だけに物件そのものはたくさんあるようで、若者たちは結構頻繁に引っ越しをしているようだ。それでも、いい部屋を見つけるとなると、なかなか難しい。そしてたくさんの物件を見学し、苦労して探した割には、住んでみると必ず色々な問題点が出てくる。冬は特に寒い地方なのに、暖房が効かなかったり、近所の音が筒抜けだったり。トイレがやけに狭く、座ると壁に膝がぶつかってしまったり、台所の流しがしょっちゅう詰まったり。特に寒いのとうるさいのはかなり苦痛だが、大家さんに訴えてもなかなか改善しなかった。そこで夫が、「それなら、いっそのこと自分で住まいを買ってしまおう」と言い始めたので、私はかなりびっくりした。

彼の計画は、寝室が三部屋ある家を買い、娘の他に二人の学生さんに入ってもらって家賃をいただく、というもの。とはいえ、我が家は特別裕福なわけでもないから、高い物件にはもちろん手が出せない。娘が住んでいるヴァランシエンヌは、フランス北部のリールと隣国ベルギーの間にある町で、もともとパリより不動産価格はかなり安いようだ。それに娘の学校は街の中心地から離れているので、さらに手ごろな物件があるという。夫は早速、姑にも付き合ってもらって見学を始め、学校から歩いて5分もかからない所に小さな庭つきの一軒家を買ってしまった。大掛かりな改装工事は必要ないが、まだ家具も何もなく、すぐに住める状態ではなかった。それでも、誰かにお金を払って作業をしてもらう余裕はもちろんない。夫は数日の休みを取って、床にビニールタイルを張ったり、組み立て式の家具を取り付け始めたりしていた。その間、娘もやっとシンガポールから帰ってきた。私は週末だけ現地に行って手伝った。

各部屋に家具を入れ、バスルームに鏡を取り付け、ダイニングの食器棚やテーブルを組み立て、台所にガス台やオーブンを設置する…。やることはたくさんあったが、みんなで手分けして作業に励み、なんとか生活に必要なものはそろった。気がかりだった暖房も、業者に頼んで新しいボイラーを入れたので問題ないはずだ。そして、この家に娘の友達二人が入居してくれることになり、新学期前に引っ越しの予定も立てた。

私たちが新しい家で作業する間、うにには一泊だけ留守番してもらった。その夏の猛暑もすっかり治まって室温は快適だし、エサ、水、トイレとちゃんと多めに準備したので大丈夫なはずだが、留守中はやはりうにのことが気になる。そこで車で来ていた夫を現地に残し、私だけ一足先に電車でパリに戻った。自宅のドアを開けると、いつもの窓辺の椅子の上で居眠りしていたうにが、薄目を開けてこちらを見た。トイレはしっかり使用済みだったが、エサは多少残していた。とにかく、いつもと変わらないうにの様子にひとまず安心する。と同時に私はどっと疲れを感じて、ソファに寝ころぶとたちまち睡魔が襲ってきた。

 

うにが行ってしまった

 

そしていよいよ9月に入り、娘がうにを連れて新しい家に行く日が来た。たくさん荷物があるので、夫が車で送っていくことになったが、私は仕事があるので一緒には行かれない。学校の次の休暇は10月の終わりだ。その時にはうににも会いたいので、必ず連れてきて欲しいと繰り返し頼む。

思えば、娘が我が家から出て独り暮らしを始めたのは昨年の同じ頃だった。引っ越しを済ませてからも、私は数日間、彼女の新しいアパートに泊まり込んでいた。そして、娘が学校に行っている間、毎日生活用品を買い足したり、小さな調理台で作り置きのおかずを作ったりしているうちに、あっという間にパリに帰る日になった。娘がヴァランシエンヌの駅まで見送ってくれて、電車が発車した途端、とても寂しい気分になったのが思い出される。その後、初めての学校の休暇で彼女がパリに帰ってきたときは、あまりに嬉しくて、仕事帰りに北駅まで迎えに行ってしまったほどだ。

あれからもう一年。家族が一人減ったうちの中は静かすぎ、最初はとても変な感じがしたものだ。それから夫との二人暮らしに慣れるまでには、ちょっと時間がかかった。今回、うにが我が家に来て、早いものでもう3か月以上がたっていた。せっかくにぎやかになったのに、帰ってしまうとなるとまた寂しくなるなあ。

朝ご飯を食べて、気持ちよさそうに寝ていたうにを、キャリーケースに入れる。意外にもすんなりと入り、おとなしくしているうに。「また来てね。」と声をかけても、特別な反応はない。みんなを乗せた車は、あっという間に走り去り、私は一人でうちに戻った。

ソファでぼんやりしていると、カタッと小さな音がしたような気がして、さっきまでうにが丸くなって寝ていた窓辺の椅子を見る。椅子の上のクッションには、うにのグレーの毛がたくさんついていた。そして、その近くには、うにが爪を研いでいた、粗い縄が巻かれたポールがある。椅子からむくりと起き上がるときには、まるで気合を入れようとしているみたいにここで爪を研いでいたうに。「さあ、これからネズミでもなんでも獲ってきますよ!」と言わんばかりに、バリバリと景気よく音をたてていたっけ。家に来たばかりのころは絨毯で爪を研いでいたので、すぐに繊維がほつれて飛び出して来て、私たちをかなり慌てさせた。そのうち、うちじゅうがボロボロになっちゃうんじゃないかしら、と大げさに考えたりしたものだ。でもこのポールを買ってきてからは、よそでは爪を研がなくなったので、なんて物わかりのいい子だろう、とうにをほめたくなった。おもちゃ、ブラシ、「ねこの泉」(給水器)、クッション…。うちに3か月以上もいる間に、気づけばうにの物が増えていた。うちの中にまだうにの気配が残っているような気がする。なのにうにはもういない。今度うにに会えるのは2か月先。やっぱりとても寂しい。

 

うにちゃんを私にください

 

娘と新しいルームメイトたちが新しい家に引っ越してすぐ、新学期が始まった。共同生活はとりあえず順調なようで、私たちもほっとした。時々うにの写真やビデオが送られてきたが、これまでより広いスペースで、のびのび暮らしている様子が見てとれた。食事とトイレを下の階でする以外は、3階の娘の部屋で寝ていることが多いらしい。日中は誰も家にいないので、うにも気兼ねなく昼寝ができるだろう。それでも夕方娘たちが帰ってくると、にゃあにゃあ鳴いてちゃんと出迎えているようだ。撫でてもらって気持ちよさそうに目を閉じ、お腹を見せて、ゴロゴロ喉を鳴らしているうに。ビデオに映ったうにを見るたび、ふわふわの毛皮の感触が恋しくなった。

 

何かと慌ただしかった夏が終わり、夫と二人きりの生活に戻ると、うちの中はまたすっかり静かになってしまった。仕事を終え帰宅し、夫婦で夕食をとり、ちょっと話してテレビを見たら、夫は自分の部屋へ。私は居間に残り、スマホをいじったりビデオを見たり。やがて夜も更け、一日が終わる。単調な生活の中での楽しみは、近づいてきた10月の東京滞在中に、どこに行って何をしようかと計画を立てるぐらいだった。

そんな時、娘からメッセージが来て、「ママ、今度そっちに連れて行ったとき、そのまま猫を置いて行って欲しい?」とあり、とても驚いた。「そうなったら嬉しいけど、本当にいいの?」と返事をしたが、どうして今更、私にうにをくれる気になったのだろう。話を聞いてみると、どうやら、新しいルームメイトのひとりが猫をあまり好きではないようだった。もちろん入居の前に、猫がいることは了承していたのだが、実際に家の中を猫にウロウロされてみると、それがストレスになっているという。娘のほうでは、せっかくもらった猫を手放したくはなかったものの、新しいルームメイトとぎくしゃくするのも嫌で悩んでいたらしい。それでも、私がうにに夢中になっていたこともあり、うにのためにもうちに置いたほうがいいと考えたようだ。ちなみにこのルームメイトは結局、数か月後に出て行ってしまったから、うにの存在に関係なく何かがうまく行っていなかったのだろう。他人との同居はやっぱり難しい。新米の大家である私たちにとっても、色々勉強になる経験だった。

とにかく、うにがうちの子になる…。そんな提案を私が拒否するはずもない。娘がもらってきた猫を横取りするようで申し訳ない気もしたけれど、またうにと一緒に暮らせるのは、正直とても嬉しかった。

「うにちゃんを私にください。大事にお世話します。」

私からもお願いして、うには再びうちに来ることになった。

 

初めて見た、うにの「へそ天」ポーズ