猫との田舎暮らしをめざして

今年は都会を脱出!

ガンの悪化

しこりが大きくなる

 

10月も半ばを過ぎると、うにのガンはかなり大きくなってきた。顎の下なので、顔の表面から見るとわかりにくいが、まるで人間の額にできるたんこぶのように丸く腫れている。その部分は皮膚も薄いのか、ちょっとしたことで傷つき、出血してかさぶたになる。うににとってはやはりうっとおしいのだろう、時々引っかいてはわずかに出血する。そのうちその部分の毛が抜けて、皮膚がむき出しになってきてしまった。エリザベスカラーを嫌ううにだけれど、やむを得ず時々装着することにする。しかしこれから、傷口が大きくなれば、ずっとエリザベスカラーを付けていなければならなくなるだろう。それでは、病気の苦痛に加えて、さらにうにのストレスを増やすことになってしまう。そこで、ネットで色々と検索し、柔らかい布製のカラーを注文してみた。朱色に白の水玉がついたかわいらしいカラーをつけたうには、まるで大きな花の中に顔があるようで、ちょっとしたコスプレをしているようにさえ見える。時々患部を搔きたそうにするものの、カラーを嫌がる素振りはなかったので、私は少しだけほっとした。

食事もだんだん難しくなってきた。大好きなカリカリを思うように食べられず、こちらも見ているのが辛い。ありとあらゆるフードを買ってきて試してみるが、なかなか気に入ってくれない。固そうな肉片の入っているものはまずダメで、テリーヌ状の物は多少食べてくれる。柔らかそうな具が入ったスープも何とか食べられる。薄切りの具がソースに絡まっているものは、主にソースだけ舐めた。他にも、いつものカリカリをふやかして猫用ミルクを加えてみたり、ウエットフードを具材と一緒にミキサーにかけてみたり、スープを具ごと裏ごししてみたり…。私なりに色々やってみたが、思うように食べてくれない。ぽっちゃりしていたうにがだんだん痩せ、背中の骨が目立ってくる姿を見るのは本当に悲しかった。

日々大きくなってくるガンの勢いを止めることはできないにしても、何か少しでもうににしてやれることはないだろうか?

私はテシエ先生に相談してみることにした。

「だいぶ大きくなってしまいましたね。抗炎症の薬をしばらく与えてみましょう。これで少し食べられるようになるかもしれませんが、残念ながら、劇的な改善は望めないでしょう。」ということだった。

「かわいそうにね。こんな病気になっちゃってね。」先生は申し訳なさそうに、うにに話しかけた。

その時、診察台に座っていたうにが、はっとしたように立ち上がり、テシエ先生の机まで歩いて行った。そして、そこにあった試供品のカリカリの容器に頭を突っ込んで食べようとした。カリカリを頬張り、嚙み砕こうとするうに。ところがしっかりと噛むことはできず、口に入れたそばからポロポロとこぼれ落ちる。しばらく頑張っていたうにも、しまいには諦めてしまったようだ。食欲はまだ多少あるようなのに、思うように食べられないなんて、とても残酷だ。

家に帰り、また柔らかいフードを与えてみる。やはり少ししか食べてくれない。やっぱりうには、好きなカリカリが食べたいのだ。体調があまりよくないからこそ、好きなものだけしか食べたくないという気持ちはよくわかる。本当にうにがかわいそうだ。

 

カリカリが食べられない

 

その日の夜中、私は玄関の方から聞こえる物音で目を覚ました。カサカサ、カシカシ、ゴソゴソ…。何かがこすれるような音が気になり、見に行ってみると、そこにうにがいてびっくりした。足元には、カリカリの入った大きなアルミ袋があり、真ん中あたりにうにの歯の形の小さな穴がいくつか開いている。うには、この大きな袋を台所からここまで引きずってきたのだろうか。カリカリは湿気を防ぐため、いつも数食分だけ瓶に入れて、台所のテーブルに置いてある。それを開けるのは無理だと知って、うにはテーブルの下にある大きな袋を持ってこようと思ったのだろうか。

いつも行儀がよくて、食事時はお皿にカリカリが盛られるまで待っていたうに。これまで自分で勝手に取って食べようとしたことなんてなかった。むしろ今は、食べられるものなら、勝手に食べてくれて構わない。それなのに...。カリカリの袋に開いた穴は小さすぎて、うにの努力も空しく、カリカリは一粒もこぼれ出ていなかった。本当にかわいそうなうに。私はカリカリを取り出してポリ袋に入れ、麺棒で叩いて小さく砕くと、うにの皿に入れた。うには少し食べようとしたけれど、やはり口内のどこかに引っかかるのか、うまく飲み込めない。

それ以来、うにはカリカリを食べることを断念してしまったようだ。

もしかして少しは食べられるかもしれないと、皿に入れ続けていたカリカリは、全く手をつけられる気配もなかった。それどころか、柔らかくても固形物が飲みこめなくなっていくうに。私は猫用のスープを何種類も買って、うにが好きな時に食べられるように用意していた。それでもだんだん食べる量は減っていく。このままでは、ガンだけでなく、栄養失調がうにの身体をますます弱らせてしまうだろう。

 

自力で食べられなくなったうに

 

私は、栄養素が配合された液体に、高カロリーのジェルを混ぜたものを与えてみることにした。これらは本来、手術後など、身体が弱っている時の体力回復に使われるものらしい。だが、薄い褐色をした少しとろみのある液体は、お世辞にもおいしそうには見えない。少しお皿に入れて目の前に置いてみても、案の定うには興味を示さなかった。

なんとかうにに飲ませようと、小さなシリンジを買ってきて試す。猫の口は思ったより小さいし、うには口の右側を開けにくそうにしているので、ごくごく小さいシリンジの先端を、ガンのない側からそっと差し入れてみる。

液体の味は思うほど悪くはなかったようだ。うには飲み込んでくれた。そして、次からは唇をちょっと持ち上げて、シリンジが口に入りやすいように協力してくれた。しかし問題は、シリンジが小さすぎることだ。何度もシリンジを口を入れているうちに、うにもうんざりした様子で、顔をそむけてしまう。一日に必要な量をクリアするためには、何度にも分けて与えるしかない。

11月には、フランスは2度目のロックダウンに入っていたので、私はうにのそばにいてしつこくシリンジを口に入れ続けた。夜、容器の底に残っている液体を吸い上げ、うにに飲ませ終わるとすごい達成感があった。迷惑そうなうにの顔を見ると、気の毒で申し訳なくなるが、こうしてうにの命をつないでいくしかない。

いつまでこんな状態が続くのだろう。もう終わりが近づいてきているのはわかっていた。それでも私はまだ厳しい現実を受け入れられずにいた。そればかりか、栄養がうまく摂れれば、まだしばらくはうにといられるかもしれない、というわずかな希望を捨てられずにいた。眠っている時間が長いものの、起きている間は、私のそばに来てくれるうに。少しでも長く、うにに生きていて欲しい。苦しむ姿は見たくないと言いながらも、うにがいなくなってしまうのがとても怖かった。

 

まるで花の中に顔があるみたい。正面からだと患部はあまり見えない